HISTORY カフェ・カリアーリの歴史

HISTORY カフェ・カリアーリの歴史

カフェ・カリアーリ100年の歴史

カフェ・カリアーリ100年の歴史

カフェ・カリアーリの創業者アムブロジオ・カリアーリは、1872年にエミリア地方で農業をしていた家庭に生まれました。

この頃にはアムブロジオはブラジル閣僚のコーヒー顧問になるほどその能力を認められており、フランスのボルドーで開催される国際海洋博覧会にブラジルコーヒーの代表として送り出されました。そこで、ヨーロッパへのブラジルコーヒー輸出に対する貢献が認められ “銀とブロンズ”のメダルを授与されました。

「国際博覧会にて金賞を受賞」
1911年にジェノバで開催された国際博覧会にてアムブロジオ・カリアーリの会社がコーヒー業界への貢献を認められ金賞を受賞しました。

偉大なる創始者であるアムブロジオはその息子たち(フランチェスコ、レンゾ、ルイージ)に会社を継がせた後、数年間夫婦二人の生活と成熟な時間を過ごした。そして1951年に80歳で亡くなりました。

ルイージ・カリアーリは息子アルベルトとともにカリアーリのビジネスを発展させ、モデナ地方での主要な焙煎会社としての地位を確保しました。1973年に”Ercole d’Oro”(黄金のヘラクレス)という賞を当時のジューリオ・アンドレオッチ首相から受賞したことで、この評価を更に高めることになりました。

業界で初めて、ワンウェイバルブ方式のパッケージを導入。これは外気の進入を防ぎつつ、包装袋の中を通常の10倍の気圧でコーヒーを保存するもので、発表された当時は業界に大きな衝撃を与えました。アルベルト・カリアーリの基本信念は『どんな一粒のコーヒー豆も祖父アムブロジオの時代と同じ気持ちで取り扱われなければならない』というものです。
それと同じ年に優秀なバリスタを育成するための“カリアーリ・コーヒー・スクール”がオープンしました。

この年、カフェ・カリアーリは100周年を迎えました。それとともに外国への展開を開始し、現在では世界約40カ国へと販路を広げております。
そして世界中のコーヒー関連の収集品を集めた“コーヒーマシン博物館”がオープンされました。

20歳を過ぎたばかりのアムブロジオ・カリアーリは大きな夢と勇気をもってブラジルへ移住します。ブラジルで彼はコーヒーの大農場での仕事を見つけました。彼はすぐさま農場のリーダーへと昇進し、ここでコーヒー豆の選別、焙煎そしてブレンドの技術を学びました。

アムブロジオは母国イタリアに帰り、モデナに定住しました。彼は今までの経験を活かしブラジルから生豆を直接輸入し、選別し、粉に挽いて、湧かしたお湯で飲み物にしてお客様にふるまう“カフェ・デル・ブラジーレ”というお店をオープンしました。これがカフェ・カリアーリブランドの始まりです。このお店はすぐに評判となり、多くのお客様の集まる場となりました。

東エミリア街道に現在でも使用されている本社を建設しました。その建物の中には最先端の生産設備が配備され、最初の真空パッケージ設備が導入されました。

ルイージの突然の死によって、息子アルベルトは会社の唯一人の実質経営者となりました。彼はカフェ・カリアーリを株式会社化させました。

アルベルトの傍らで、娘であるアレッサンドラがその家族の引き継いできた価値をDNAとして持ちながら、伝統に裏付けられた昔からのイメージを崩すことなく、企業ロゴや製品のパッケージングを刷新しました。

「エスプレッソブランドの認証を取得」
1999年にプロフェッショナルブレンドであるスペローロ、エスプレッソバール、ボテッガデルカフェがイタリアンエスプレッソブランドとしての商品の証明書(認証)を得ました。

「テイスティング大会にて金賞を受賞」
2008年に国際コーヒーテイスティング大会にてグランカフェのエスプレッソマシン用ポッドが金賞を受賞しました。

以前からカリアーリ家とつながりのあった24歳の大野雅之がカフェ・カリアーリの日本のオフィシャルインポーター資格を取得しました。

「テイスティング大会にて金賞を受賞」
2010年に国際コーヒーテイスティング大会にてスペローロのブレンド技術に対して金賞が贈られました。

1872年

カフェ・カリアーリの創業者アムブロジオ・カリアーリは、1872年にエミリア地方で農業をしていた家庭に生まれました。

1895年

20歳を過ぎたばかりのアムブロジオ・カリアーリは大きな夢と勇気をもってブラジルへ移住します。ブラジルで彼はコーヒーの大農場での仕事を見つけました。彼はすぐさま農場のリーダーへと昇進し、ここでコーヒー豆の選別、焙煎そしてブレンドの技術を学びました。

1907年

この頃にはアムブロジオはブラジル閣僚のコーヒー顧問になるほどその能力を認められており、フランスのボルドーで開催される国際海洋博覧会にブラジルコーヒーの代表として送り出されました。そこで、ヨーロッパへのブラジルコーヒー輸出に対する貢献が認められ “銀とブロンズ”のメダルを授与されました。

1909年

アムブロジオは母国イタリアに帰り、モデナに定住しました。彼は今までの経験を活かしブラジルから生豆を直接輸入し、選別し、粉に挽いて、湧かしたお湯で飲み物にしてお客様にふるまう“カフェ・デル・ブラジーレ”というお店をオープンしました。これがカフェ・カリアーリブランドの始まりです。このお店はすぐに評判となり、多くのお客様の集まる場となりました。

1911年

「国際博覧会にて金賞を受賞」
1911年にジェノバで開催された国際博覧会にてアムブロジオ・カリアーリの会社がコーヒー業界への貢献を認められ金賞を受賞しました。

1951年

偉大なる創始者であるアムブロジオはその息子たち(フランチェスコ、レンゾ、ルイージ)に会社を継がせた後、数年間夫婦二人の生活と成熟な時間を過ごした。そして1951年に80歳で亡くなりました。

1963年

東エミリア街道に現在でも使用されている本社を建設しました。その建物の中には最先端の生産設備が配備され、最初の真空パッケージ設備が導入されました。

1965年

ルイージ・カリアーリは息子アルベルトとともにカリアーリのビジネスを発展させ、モデナ地方での主要な焙煎会社としての地位を確保しました。1973年に”Ercole d’Oro”(黄金のヘラクレス)という賞を当時のジューリオ・アンドレオッチ首相から受賞したことで、この評価を更に高めることになりました。

1980年

ルイージの突然の死によって、息子アルベルトは会社の唯一人の実質経営者となりました。彼はカフェ・カリアーリを株式会社化させました。

1999年

アルベルトの傍らで、娘であるアレッサンドラがその家族の引き継いできた価値をDNAとして持ちながら、伝統に裏付けられた昔からのイメージを崩すことなく、企業ロゴや製品のパッケージングを刷新しました。

「エスプレッソブランドの認証を取得」
1999年にプロフェッショナルブレンドであるスペローロ、エスプレッソバール、ボテッガデルカフェがイタリアンエスプレッソブランドとしての商品の証明書(認証)を得ました。

2006年

業界で初めて、ワンウェイバルブ方式のパッケージを導入。これは外気の進入を防ぎつつ、包装袋の中を通常の10倍の気圧でコーヒーを保存するもので、発表された当時は業界に大きな衝撃を与えました。アルベルト・カリアーリの基本信念は『どんな一粒のコーヒー豆も祖父アムブロジオの時代と同じ気持ちで取り扱われなければならない』というものです。
それと同じ年に優秀なバリスタを育成するための“カリアーリ・コーヒー・スクール”がオープンしました。

2008年

「テイスティング大会にて金賞を受賞」
2008年に国際コーヒーテイスティング大会にてグランカフェのエスプレッソマシン用ポッドが金賞を受賞しました。

2009年

この年、カフェ・カリアーリは100周年を迎えました。それとともに外国への展開を開始し、現在では世界約40カ国へと販路を広げております。
そして世界中のコーヒー関連の収集品を集めた“コーヒーマシン博物館”がオープンされました。

2010年

以前からカリアーリ家とつながりのあった24歳の大野雅之がカフェ・カリアーリの日本のオフィシャルインポーター資格を取得しました。

「テイスティング大会にて金賞を受賞」
2010年に国際コーヒーテイスティング大会にてスペローロのブレンド技術に対して金賞が贈られました。

▲ PAGE TOP